2005年08月03日
ノンスケール 【など・など】
駅前の交差点で信号機の交換をしていました。地上に置かれていた機械は意外に大きくてちょっとビックリ。いつもは頭上に小さく見えている信号機のイメージが拡大されて目の前に。
信号は赤青黄の色を表示するためのシステムだから機械のサイズに意味はなくて、遠くから見て認識できる大きさで任意に拡大縮小可能なフォルムなんですね。
身体寸法との関係で決まっているもののサイズが変わると、日常に埋没して見えなくなっているイメージが浮き上がったりします。
ハンバーガーとかライターを巨大化した クレス・オルデンバーグのアートのように、ものに固有の大きさと位置関係を変えるとシンボリックに見えることがある。いわゆるディペイズマンという効果。ルーブルの庭にピラミッドの大きさと素材を変えて配置したI.M.ペイの建築。襟とか裾のサイズをすこしずらしたマルタン・マルジェラの服。
ものを作ることは、未知の物体を扱うものでなければ、既知のフォルムの変形の作業。だから、デザインの意味というのは、何をどのサイズに「変形」するかということへの意識でもあったりする。
それにしても、目の前にある「拡大した信号機」には何の意味も見えてこない。物体ではなくてサインだから、そもそも決定的なサイズなんてないのだから。
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橋本直明
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2005年07月22日
秋葉原・古炉奈 【など・など】
打ち合わせの帰りに喫茶店「古炉奈(ころな)」へ。
入口は夥しい数のピカピカ電球でハレーションを起こした秋葉原デパートのジャンクな電気パーツ屋の隙間に隠されたちいさな階段。時間に遅れたウサギの後を追いかけて、トンネルの向こうの扉にたどり着く。
ガラスの奥に見えるのは、そこが秋葉原であることを忘れてしまうようなセピア色の時間。
窓ガラスの向こうはハイスピードで時間が進む電気街。空にはバスケットコートを潰して無菌の苗床からニョキニョキ生えたガラスの超高層ビル。
道行く人の腕時計の数だけ、ガラスの向こうの文字盤の数だけ、それぞれの時間がガラス越しにくるくると流れている。
古炉奈:千代田区外神田1-14-3 TEL:03-3253-1746 9:30〜22:00
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橋本直明
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2005年07月07日
九段下1946 【など・など】
昭和21年の九段下ビル付近の空撮写真。(←クリックでちょい拡大)
写真の黄色い丸の部分がぼくの事務所がある九段下ビル。戦災にあってないのが分かる。
米軍が戦後撮影したものだという。神田神保町界隈の空中写真からのピックアップ。全体はというと...→USA10kKt,東京首部,M698,98
出典は国土地理院の空中写真サービス
→http://mapbrowse.gsi.go.jp/airphoto/
houseAの建主さんからこんなページがあるよと教えてもらいました。日本全国の空中写真、東京は現在と戦後の両方を閲覧できるようになっていて、とても面白い。
神田神保町は戦災に遭わなかったので、九段下ビルも含めて、戦前からの建物がまだまだ残っています。古い建物が年々少なくなっていくのはすこし寂しいけど、様々な時代に作られた建物でできている街は魅力的。
本の街、神保町が戦争で燃えなかったというのも、なんとなく好きな話。
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橋本直明
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2005年06月19日
金谷ホテル 【など・など】
週末に日光に行き、金谷ホテルに泊まってきました。明治26年にヨーロピアンスタイルのホテルとして開業した由緒あるホテル。...こういうクラシックホテルに一度、泊まってみたかったんです。お値段もそこそこ。なかなかです。
本館は当初、コロニアルスタイルの2階建てとして建てられて、昭和11年に地下を掘り下げて、フランク・ロイド・ライトの帝国ホテル風のデザインの「1階」が増築されて現在の3階建てになったとのこと。
古いホテルとか旅館の魅力のひとつに時代ごとの増築で複雑な姿になっていたりすることがあるけど、こんな、下への「接木」もあるんですね。
1階のロビーと2階部分のデザインの継ぎ目は和風のモチーフ。というよりも日光東照宮にちなんだ、外人から見た日本という感じのデザイン。朱塗りの欄干とか、象のかたちの木鼻が脈絡もなく。
つくりかたとしては文法エラーという感じもあるけど、この破天荒なジョイントがこのホールの独特な魅力にもなっています。勇気がないと、こういうことできないですね。失敗する確率のほうが高いし。
泊まった部屋は明治34年頃にできた新館のFタイプというシャワー付きの部屋。下階に無柱空間のバンケットルームがあるため、荷重の大きな浴槽を設置できないためにシャワーのみの部屋になったという。
それにしても天井の高さは圧倒的。持っていたメジャーで計ったら3.4mありました。扉の上にこれだけの壁があると、不思議な安定感がでてくる。写真には写ってないけど高さを押さえた家具調度品が並ぶ床と頭上の何もない壁のコントラスト。
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橋本直明
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2005年06月18日
日光東照宮 【など・など】
知人から日光東照宮の色を見てみると面白いよと勧められて日光へ。
日本建築の美学を語る際にワビサビの京都の桂離宮とキンキラゴテゴテの日光東照宮というような対極的な扱われ方もするけど、実は東照宮はブラックアンドホワイトなんだという。その逆に桂離宮は外観こそ古びたモノトーンな感じだけど、中は水色と金色の組み合わせの襖とか、けっこうキンキラキン。庭も極彩色の大和絵の世界。
では東照宮は。という感じで自分の目で見に行くことにした。
そうか、白と黒の世界か〜、という期待を持って、深い森の中の東照宮を目指して歩く。だが、途中の門とかもろもろは朱塗りの極彩色。軽く期待は裏切られるものの、やがて奥に現れる陽明門は...
白く胡粉で塗り込められた柱と、黒く漆で塗り込められた組み物。そこに鮮やかな色彩の装飾が全体のトーンを壊さないようにちりばめられている。極楽浄土的な色彩の世界からモノトーンの死者の世界への変化ともいうような。
陽明門の内側は抑えきれない装飾への欲望と拮抗する黒と白の世界。背後に抱く深い森の闇に呼応するような建物。果てしない自然の力に対抗するべく極めて人工的な過剰なフォルムと、余分な光やノイズを減衰させて、静謐な世界を維持するためのデザイン。
冬の雪に埋もれた姿や、朝霧のなかに浮かぶ風景も見てみたい。
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橋本直明
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2005年06月05日
迷彩的 【など・など】
休日に散歩がてら青山にできたピエールエルメに行く。幻惑的なインテリアはワンダーウォール:片山正通のデザインによるものです。透明なアクリルのインゴットの台と鏡面のステンレスの脚で作られたショーケースがびっしりと並んでました。
床の大理石の模様が映りこんで、肉眼でもどこに脚があるのか錯覚する。大理石のパターンより脚が細いこと、脚の数がパターンと同じぐらいの密度で並んでいることが、その効果を大きくしているのだと思った。
商品がクリアに見えて、しかし決して脇役ではなく全体の空気を確実に支配しているショーケース。
迷彩的な。
橋本直明
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2005年05月11日
影の輪郭 【など・など】
京王新線の幡ヶ谷駅を降りて、旧玉川上水の緑道を歩く。新緑のケヤキの葉の色はすでに初夏を予感させる緑。
地面に落ちる木漏れ日の影に見とれてしまった。カメラを注意深く向けてみると、単純な葉影のまだらに見えたもののなかに、影のエッジがくっきりとしたものと、ぼんやりとしたもの、光の濃度の分布に微妙な違いが見えてきた。
橋本直明
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2005年05月03日
西新宿4丁目付近 【など・など】
コンランショップから初台のオペラシティまで歩いていく途中、交差点の向こうのビルのガラスに歪んだ新宿の風景が映っていた。
カーテンウォールに映る風景がきれいに見えるようにガラスをきれいにそろえる調整の技術は日本は優れているから、こんなに歪んだ映り込みをするビルはほとんど見かけない。アメリカとかだと、そこまでこだわらないから西海岸には歪んだ映像のビルが多い。都庁がどこかカリフォルニア的に見えて、それはそれでおもしろい。
橋本直明
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2005年04月26日
0+9elements 【など・など】
突然の発熱。体温計で計ると39.5°C。どうも具合が悪い訳だ。ここまでいくと知恵熱という訳でもなさそう。
早稲田大学の授業でぼくが課題を出題する日だからどうにも休む訳にも行かない。それ以上に深刻なのは課題の説明用資料を作ろうと思ってもどうにも頭がマトモに機能しないこと。オーバーヒートと戦いながら資料をスキャニングしていく。
「とりあえず寝て、起きてまた作業する」と布団を被ったものの、突然に起き出して体温計の写真撮って、自分の体温も資料写真に加えてまた寝る。タダでは転ばない。
出題する課題のタイトルは「0+9elemnets」
セルフポートレイトをつくる課題。ただし自分の顔写真は使わずに。
自分を取り囲むさまざまなもの、空間、時間を利用して、自分の姿を浮かび上がらせる。
たとえばハードボイルド小説が、主人公の内面なんか描写しないで、服装とか状況とか断片的なディテールを積み重ねて心理を描写するように。「本質」なんてものは、奥底に確固として存在する真理のようなものではなく、対象の属性、表面を通して浮かび上がる極めて映像的な現象から推測するものに過ぎない。だからそれを計測するための要素を必要とする。今回の課題は自分を語るための9つ以上の要素を集めて、それをレイアウトした「標本」をつくるというのが具体的な作業。
不確かで曖昧なものに持続的なフォルムを与えるために、周囲のディテールを巧妙に配置していく。
建築の「空間」をつくるのも同じ作業。
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橋本直明
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2005年04月18日
公団阿佐ヶ谷団地 【など・など】
公団の分譲住宅として、1958年より入居の始まった阿佐ヶ谷団地。
350戸のうち232戸が低層型テラスハウス。その174戸を前川国男事務所がプロトタイプとして設計しています。
50年の月日が流れて、テラスハウスのまわりには一戸建てでも集合住宅でも実現しえない気持ちのいい空気が漂っています。集合の形式と密度の配分がその後の環境形成にどれだけ影響するのかという好例。
形式としては6軒が1単位の戸境壁を共有する長屋形式。CB造2階建て。入口側は階段吹抜けの高さを断面形状で解決して片流れ的な平屋の高さに軒を低く抑えています。玄関廻り、路地の空間の親密さは屋根と通路のスケールの緻密な検討から生まれているのです。
南側には各戸専有庭を持ち、住人によっては増築(公式には許可されていない)したりと、それぞれの家にちょっとした違いが生まれてバリエーションのある規則性ともいう楽しい風景ができあがっています。
全体の配置はこんな感じ。20〜30%という容積率。広場と集会場の周囲に住棟と小さな公園のセットで構成されるクラスター型の配置。都市計画の教科書のような、今からすれば懐かしい計画手法だけど、それが住環境にどれだけの効果を持つかということを考えさせられる。
しかしその配置計画がこの団地の空気の秘密ではない。きっちりとゾーニングを空間として明示しないような作り方。どこか、米軍ハウスの庭のイメージを思い出させる。
庭と路地、公園と空地、フェンスと塀、何十年もの間に大きくなった樹木。それぞれが互いに領域を侵食しあい、曖昧な中間的なスペースですべてが融合する風景。
この阿佐ヶ谷団地については「住宅建築」誌:1996.4月号に詳しい記事があります。前川さんの原図、鈴木理策さんの写真、住人への聞き取り調査などお買い得です。
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橋本直明
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2005年04月14日
大西信之展 【など・など】
プランタンで開催されている大西信之さんの個展。
モノクロームで描かれたN.Y.の風景。以前の版画のシリーズでは墨絵のタッチで街を包みこむ空気に溶けていくN.Y.の永遠の感覚をぼくらに見せてくれたけど、今回はペインティング。単純化されたフォルムのなかに、決して永遠ではない、しかし刻一刻と移り変わる光の中には存在するリアルな街の質感ともいう、9.11以降の風景を見つめる視線を感じた。
(↑クリックでちょい拡大)
大西さんは、ぼくが九段下ビルに事務所を構えるキッカケをつくってくれた人でもあるのです。
築80年近くにもなるボロボロの九段下ビルの1階の店舗兼倉庫だったところを大西さんが自分で改装して住んでいるのです。そのインテリアはN.Y.のロフトのような、失った日本の風景のようでもあり。
エルデコ、ブルータスで紹介されています。→ブルータス不動産no.24
九段下ビルの使われなくなっていた部屋を彼がブルータス不動産に紹介して、ぼくの友人が雑誌を見て連絡して、事務所としてみんなで借りることになったのです。
個展を見た後に、大西さんたちと近くのタイ料理屋に行きました。
彼の古くからの友人、若いアーティスト.. 絵のこととか九段下ビルのこととか話して夜は過ぎていきます。
←ついでもらったビール。泡の比率もここまでいくと何も言えません。誰についでもらったかは本人の名誉のために伏せておきます。ははは。
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橋本直明
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2005年04月13日
ガイダンス 【など・など】
早稲田大学の建築学科の授業に非常勤講師として週1回。
今年の授業は今日から始まりました。まずはガイダンスで授業の進行とかプログラムの説明。
講師陣の紹介。ひととおり自己紹介したあとに、学生に向けた簡単なメッセージをという事でちょっとイタズラしてみました。
教壇から学生に向けてカメラでパシャ! ちょっとピンボケ
その理由は...
教壇からの一方向の会話ではつまらないので、学生に問いかけてみた。
「ポケットにペンをいつもいれてますか?もってる人はペンを上にあげて」
パラパラとしか手は挙がらない。いつでもスケッチできるように
ペンは身体の一部になってるほうがいい。
「スケッチが苦手なら毎日写真撮ろう。携帯カメラもってる人、目の前に出して」
「電源いれて5秒以内に撮りたいもの見つけてシャッター押してください」
とにかく何かを見ようとしなければ何も見えてこない。才能とは観察力のことだから。
という訳で百数十人の学生と一緒にパシャ!
片手にマイク、片手でカメラだったのでカメラが揺れてしまったのさ。
みんなで写真撮り合ってる光景も面白かったけど、
もっと楽しかったのは携帯カメラの音。
パシャ、ピロ、バーン、ピロリン、ポロパローン...
テンデバラバラの音が微細なタイムラグの空間を孕んで教室内に鳴り響く。
ジョンケージの音楽みたいだった。
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橋本直明
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2005年04月09日
やっとこさで脱稿 【など・など】
「住宅建築」誌から依頼されていた原稿3本をやっとこさで脱稿。
朝の四時半。とほほ..
「古民家再生ものがたり」と「空間知能化のデザイン」の書評と先日取材した赤坂・清水商店の探訪記。
それぞれ800、1800字で文字数はたいしたことないから、書き上げてしまえばなんてことない文章だけど、最初のツカミの文字を置くのにいつも苦労する。文字が並び始めても句読点の位置でつまづいたり...
文章を考えるのは好きだけど、それを仕事にするには向いてないな、といつも思う。
半年に一回、建築分野の本を2冊。かれこれ5年ぐらい「住宅建築」誌で書評を担当している。独立して設計の仕事なかったときに中谷礼人さんから紹介してもらった文章を書く仕事。
原稿料は微々たるものだから、仕事というほどのものではない。それでも「言葉」への興味と、いろんな本をタダで読めるし、ちょっと苦手な領域の本でも批評してみる、というのも必要かなと思って続けている。
建築の設計は図面を描いたり素材を扱ったりと、文章を書くこととは関係ないようにも見える。出来上がった実物の空間に余計な言葉はいらない、なんてこともあるけど、それだけに自分の考えてること、感じた事を文字を使って確認、伝達できるスキルが必要だという気もする。
図面を描くのは、空間に句読点を打ち、素材という単語をレイアウトしていく作業。文脈、配列の違いで別の言葉になっていくことを観察しながら、読み方、読まれ方を吟味しながら、考えるイメージが他の人にも体験できるように、文字という言葉に置き換えて説明できるように。
もちろん、空間は読みとる人に委ねられた事後的なものだから、言文一致の必要もない。説明できることが全てでないことが建築の面白さでもあり、文字という言葉に翻訳しようとするとスルリと逃げて行くものもある。
しかし、だからといって文章は余裕あったらのオプションということにはならない。どんな経験、感動もそれを理解するときは必ず文字になる言葉に置き換えているはずだし、「言葉にならない」という翻訳不能な余白を発見するためにも、文字を並べる作業が必要なのだと思う。
左手でかたちを決める線と、右手で意味を定義する文字を固めて、2つの手をすこし離れた位置であわせて、その隙間の空気をつかまえる。
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橋本直明
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2005年04月03日
空地とTシャツ 【など・など】
日曜日は自由が丘でゼロワンオフィス主催のフリーマーケットに参加。彼らが設計中の桜並木のコーポラティブハウスの敷地でのイベントです。建物が立つ前の空地に市が建つ。
ぼくらteam2DKではTシャツも作ってるのだけど、普段はネット販売のものをこの日は空地で店開き。
晴れた青空にTシャツを広げている風景は、なんだかTVの洗剤のコマーシャルみたい。
空地に広げたブルーシートの上にTシャツ並べます。team2DKという設計チームを組むきっかけになった2DKの間取りTシャツや、ついでにデザインした「にゃんきち」とか「イブクロ」とか「2D軽」とか、いろんなシリーズがあります。
それにしてもTシャツは空地によく似合う。なにもない場所にひとつ線を加えると固有のスケールをもった世界が動き出す感じというような。作り過ぎずその感覚を維持できる建物を作れるといい。
フリマにはいろんな人が来てくれました。以前にぼくの設計を手伝ってくれた勝山さんがゼロワンの高井さんと友人だったことが判明したり、大学の後輩の小野さんに会えたり、楽しい一日でした。
日が暮れて店じまいした後にゼロワンの伊藤さん、スタッフの面々とちょっとした打ち上げ。
空間と素材の関係とか、なんとなく日頃気になっていた問題とかで話が盛り上がって夜が更けていきます。
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橋本直明
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2005年03月28日
海老原商店 【など・など】
地下鉄の岩本町駅から秋葉原に行くのに神田須田町へとまわり道するもうひとつの理由と言えば、
「海老原商店」というカッコイイ看板建築が残っているからです。
再開発で古い建物が街からどんどん姿を消していくなかで、残りつづけてほしい建物の一つ。
看板建築というのは、木造の建物に洋風の外観をペラリと一枚貼付けた建物の造りのこと。表は立派でも裏に回ればなんてことない、つまりは「看板」だけの洋風建築です。関東大震災の後に「木造なんだけど洋風に」という感じで流行したものです。
西洋建築のモチーフを、銅板とかタイルとか豆砂利洗出し仕上げで石造り風にしたりと、いろいろなバリエーションがあります。昔の大工さん、板金屋さんの腕が高かったからそんなことが簡単に出来たんですね。
海老原商店の外観は現存する看板建築の中で、かなりの気品と完成度をもつものだと思います。隣の銅板葺きの看板建築と比べてもその差は歴然。
そうそう。隣の建物に使われている銅板は歳月を重ねて黒く、そして緑青に覆われているのに、海老原商店の銅板が茶色いのは、修復したからなんです。バブルの頃に隣にあった建物が地上げで放火されてそのあおりで損傷したのを店の主人がわざわざ直したんですね。えらいなー。
(↑ 地図と外観細部はクリックで拡大)
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橋本直明
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2005年03月26日
神田川 【など・など】
診療所の内装の計画のため、候補に上がってるビルを見に秋葉原へ。
岩本町の駅を降りて、秋葉原に行くときは昭和通りをそのまままっすぐ歩かずに、神田須田町を抜けて、京浜東北線の高架下の小さな橋を渡るルートを選びます。
その橋からの神田川の眺めがなんとなく気に入ってるのです。
その橋は「神田ふれあい橋」という、ちょっとハズカシイ名前なのです。線路の高架下にすこし斜めに架けられた歩道橋みたいな奇妙な橋。
ヘンなもの買いに行く訳じゃないけど、なんとなくアキバな雰囲気を感じる橋です。
以前、夕立の後にこの橋を渡ったとき、増水して濁った神田川をすっぽんがプカプカ泳いでるのを見たときは笑いました。
あのすっぽん、どこに行ったのかしら。
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橋本直明
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2005年03月22日
梅屋敷ブギウギ 【など・など】
先週下見してきた梅屋敷の廃工場で見つけた床のパターン。
(← クリックでちょい拡大)
改装に改装を重ねた結果か、どうしてこんなことになるんだろうかというパッチワーク。写真に撮ってみると、あのどうしようもないアルミの見切りもステキな分割線。モンドリアンのブロードウェイ・ブギウギならぬ...
建物が使われてきた時間が床や壁に痕跡として残っていると、そこからいろんなイメージが立ち上がってきます。リノベーションの作業はそんな痕跡とどう対峙するかというところが勝負どころ。以前に手がけた飯田橋のビルのコンバージョンでもそんなことを考えながら作業してました。
この廃工場の空間をどのように再生できるのかは、今はちょっと思いつかない。そんなに古くないから「物件力」はすこし弱くて、そしてちょっと大きすぎて賃料が高くなってしまうこと。いいプログラムないかしら。
だれか、借りてみたい人いますかー。
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橋本直明
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2005年03月17日
ビニール傘 【など・など】
工場の出物があるとの報を受けて、リノベーションが可能か物件を見に行く。京急線梅屋敷の駅を降りると外は雨。待ち伏せしたかのように駅前の雑貨屋にはずらりと傘、傘、傘。それにしても、ビニール傘の色がいつのまにかこんなに増えてるなんて。
「間に合わせの安物」という存在から、100円ショップの商品のように独自の進化を遂げている。
もはや単なる本物の傘の代用品としての存在ではない。
しょせんはビニール傘という離れ小島での出来事。そして進化の袋小路。
橋本直明
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2005年03月12日
外環 【など・など】
外環自動車道を走る。茫洋とした空とアスファルトの直線だけの風景がひたすら続く。
国境があるとすれば、こんな風景なのだろうか。
鉛色の雲が空の彼方からハイスピードで近づいてくる。消失点の裏側へと逃走する水平線の退色した黄色い空気が網膜に焼き付く。
橋本直明
2005年02月18日
領域探査デザイン 【など・など】
午後4時に来客。こないだの萩原修さんのパーティーの時に知り合った「領域探査デザイン」の新藤典子さん。彼女は中古スケルトン普及プロジェクトを進めています。都市の中に埋もれている古い魅力的なビルを発掘し、所有者と交渉して、建築や映像、アートのためのスペースとして利用できるようにするというもの。
ぼくの事務所のある九段下ビルは関東大震災の復興で建った古いビル。その空きスペースを活用できないかという相談。
まずはビルの外、中を歩き回ってパキパキと写真に記録していきます。
ひとしきり見て回った後に事務所で打合せ。これまで手がけたプロジェクトや現在企画中のさまざまなアイディアを見せてもらいました。九段下ビルも、空室とかあるので再開発目的で押さえている所有者との交渉は難関だけど、彼女のプロジェクトが実現できるといいと思います。
5年前にここを借りたときは、ぼくも空スペースを活用できないかいろいろアイディア考えたけど、最初の関門がタイヘンなのでそれ以上は考えても見なかった。ぼくも何か仕掛けたいという気になってきた。
中古ビルを探している人は新藤さんに相談するといいかもです。
[領域探査デザイン:CBC0728@nifty.com]
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橋本直明
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2005年02月12日
レベル2 【など・など】
昨夏から改装に着手したWEBをついに旧バージョンと差し替えました。
これまで一般公開していたURL(http://ha-na.net/)に対応する新しいカバーページをつくって、そのページにある「トンネル」を抜けると、このブログサイトに到着する空間構成になってます。
新バージョン表紙→ http://ha-na.net/
試験的に稼働させていたこの新バージョンのサイトが「公式」に公開されたということになります。
まだまだ未整備な部分とかバグとかあるけど、一般公開しても支障のない段階になったので、カバーページの「更新」をしました。旧サイトの「サイトマップ」の探検感覚を残すことと、更新の容易さのためのブログ化をコンセプトに、「ひとつのブログで複数のブログページ(があるように)」というサイトを構築しました。
そんな荒技にチャレンジして実現させたwebデザイナーのb.e.m ミゴウ君に感謝感謝。
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橋本直明
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2005年01月25日
本千葉ビル 【など・など】
京成本千葉駅のすぐそばに本千葉ビルという不思議な建物がありました。
tai_tai studioの若林秀和さんに「ディープなマンションがあるよ」と案内してもらって、探検してきました。
昭和37年に完成した6階建てのコンクリートの建物。
外観は別になんてことないんだけど、中に入るとびっくりなのです。

薄暗い階段を3階の高さまで上って行くと視界がいきなり開けて、ぽかんとした中庭にでます。住戸の扉の並ぶ3層分の高さの空間が延々と奥に続いていくのです。
地上3階にあるその路地の上空には巨大な梁が横断しています。屋上に上って行ったはずが地下にでてしまったような感覚。
(←地図はクリックで拡大) この「本千葉ビル」は千葉県住宅供給公社のビルみたいです。3階から6階までが住戸になっていて、物件名は「本千葉賃貸住宅」という凄い名前がついています。外観はただの箱形の建物なのに、中に入ると街が折り畳まれてつめこまれているような。マンションというより長屋が重層してできたような雰囲気を漂わせています。
おもしろいのは空中の路地だけでなく、実は地下も凄いんですよ。
奇妙な地下街があるのです。
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橋本直明
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2005年01月11日
見えない都市 【など・など】
火曜の夜は早稲田大学芸術学校での映像の授業。
いま進めているのは言葉から映像を立ち上げる課題。イタロ・カルヴィーノの小説「見えない都市」にでてくる架空の街の風景を映像化するという作業です。
文字から立ち上がるイメージの中の見えないものを、目に見えるものにするために、何を素材に映像を作るかが考えどころなのです。
(↑ 画像:現在製作中の学生作品から)
→ 小説の「見えない都市」はこちら
橋本直明
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2005年01月03日
儚いもの 【など・など】
大晦日に降った雪がまだ溶けきらず残っています。アスファルトの上でシャーベット状に凍った雪に椿の赤い花びらがひらりひらりと落ちていて、カメラのファインダー越しに見たらとてもキレイでした。
やがて消えてしまうから美しいのか、それにしてもただ消えてしまうのは惜しいからシャッターを押した。
芝生の上で凍り付いた雪も陽の光で次第に解けて、空に浮かぶ雲のような景色を地面の上に描いていました。
日常的に写真を撮っていると、こうした現象がとても気になります。建築の設計だと十年一日動かないものを相手にすることが多くて、たよりなく儚いものになかなか目がいかなくなってしまうけど、日常の風景とかそんなものは、いつも流動的で次の一瞬には消えてしまう曖昧なものでできているようにも思うことがあります。

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橋本直明
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2004年12月25日
高山の民家 【など・など】
高山に到着。古い街並みが残っています。重要文化材の吉島家住宅を見学してきました。建築史の教科書にも登場する築100年の民家です。
土間を覆う格子状の小屋組は圧巻です。上からの光で拭き漆のほんのりと赤みがさした木組みが浮き上がります。民家というと薄暗いよどんだ闇をイメージするけど、そこにあったのは思った以上にモダンな気配を漂わせた空間でした。
高山の街を歩いて、いろいろな風景に出会いました。
いわゆる観光名所ではないものにも、それぞれの場所にそれぞれに流れてきた時間があります。


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橋本直明
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2004年12月15日
ティルマンスの写真 【など・など】
オペラシティで展示されている、ヴォルフガング・ティルマンスの写真を見てきました。
写真展というより、写真を使った現代美術のインスタレーションのような空間だった。選ばれた写真の大きさと配列、距離.. 写真自体も額に入れるのではなく、メンディングテープで貼ったり、虫ピンとクリップで壁に置いてある。絵画が額から離れてキャンバスとして自立したように、彫刻が台座を失ったように。
↑ 画像出典:ヴォルフガング・ティルマンス展:http://www.operacity.jp/ag/exh55.html
写真集「Concorde」を見たときの記憶が残っている。街の上空を実際に飛んでいる姿と出会ったとしたら覚えるであろう空気の質感。背後の空と手前の風景の肌理に自分の中の映像の記憶と接触してくるような。しかしコンコルドはぼくは見たことがないという感覚と同時に。
ギャラリーで見た日常的な風景や印画紙を感光させた抽象的な写真に対しても同じ空気を感じた。それ以上にスナップからポスターサイズまでのさまざまな大きさにプリントされた画面の物理的な大きさが、写真という経験の質を決定するのだということを強く感じた。イメージを固定するフレームとなる額縁もなく、壁に即物的に貼られていることがその印象を強くしているのだろう。
同じものでも異なるサイズの写真が並べられていたりするのを眺めていると、映像との心理的な距離感が微妙に変わっていくのに気づく。



(写真:Wolfgang Tillmans 上:Concorde 左:Shades 中:Quarry 右:Freischwimmer 26)
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橋本直明
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2004年12月09日
LA JETEE 【など・など】
「ラ・ジュテ」を久しぶりに観た。白黒のスチールカットの連続という「動かない絵」で構成された28分の映画。
少年の頃に見た特別な風景が忘れられない主人公が過去と未来の時間を移動する。そして、見覚えのある記憶の場所に再び出会ったときに待ち受けていた恐るべき風景...
最近、タイトルや筋書きすら思い出せない映画の1シーンが脳裏にフラッシュバックして気になっていたのだけど、そしたら「12モンキーズ」のものだったということに気がついて、このブルース・ウイルス主演のSF映画の原案でもある、まさにフラッシュバックの映像ともいうべき「ラ・ジュテ :監督 クリス・マルケル:1962」のことを思い出して、再び観てみました。
映画なのに絵が動かない。静止画が連続していくストップモーションの空間に記憶の風景なのか現実に目の前で起こっている出来事なのか判然としない時間が流れて行く。
第三次大戦後の廃墟となった未来から、過去である現在に送り込まれた主人公が少年時代の記憶に焼き付いたある女性に出会う。しかしその光景は静止画であるがために、それが幻想であるのか、「現実」であるのかは誰にも分からない。...現実の記憶とは断続的なショットを繋ぎ合わせて、それが自分の身体に刻み込まれた連続する時間であるとの実感の問題であるから。
映画の中で、一瞬、絵が動くところがある。「動かないこと」で流れていた時間が、その瞬間に主人公の外を流れる時間が止まるのだ。主人公の目の前で動いている現実という永遠に固定された記憶として。動くものと動かないものの逆転。
聞くところによると、この映画、最初はムービーカメラで動画として撮ったものを編集でスチールムービーにしたものだという。動きを止めることによって、「映像の時間」が視覚化された映画。
(画像出典:La Jetee)
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橋本直明
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2004年12月06日
渋谷川 【など・など】
昼食の後、渋谷川に架かる橋を渡る。
眼下のコンクリートで固められた川の水面には川沿いのマンションが映り込み、コンクリートの川底の堆積した落ち葉がオーバーラップしている。
カメラを向けると、微かな風で風景が空に溶けていった。
いつも何気なく見ている風景でも写真のなかに切り取られると「映像の視覚」ともいう空間が見えることがあります。日常の一瞬を切り取った映像的なイメージに過ぎないのかもしれないけど、ぼくらの目がすでに映像の視覚というものから空間の意味を読み取ることが日常だとすると...
建築を設計する作業というのも、日常の生活の風景になんらかの意味を与える「ケンチク的」ともいうイメージのフレームを構築することなのかも知れない、と思うことがあります。
渋谷川というと写真家の畠山直哉が撮った風景を思い出す。コンクリートの護岸の途中の水平面が写真の中心の水平線として見える位置にカメラを据えて渋谷川の風景を撮影している。護岸の水平線は写真の中心を走る分割線になり、それぞれ無関係な川と街が1つの場所にコラージュされたような映像がそこに見える。
それは別々の場所ではなく、都市の中を流れる川が地上の街とは無関係な土木技術の論理で作られ、現実の同じ空間に存在している。いつも目にしているはずなのに、映像というフレームが与えられなければ見えなかったものが日常のすぐそばにあるのです。
←写真出典:『畠山直哉』 淡交社 ; ISBN: 4473019209
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橋本直明
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2004年12月02日
中間的 【など・など】
「都市表現」の授業の中間発表。それぞれに作品の企画書とこれまでのフィールドワークで集めた素材を持ち寄ってのディスカッション。
映像は、制作者の意図を超えて映像と鑑賞者の間の空間に現れる現象的なイメージが重要な意味を持つことが多い。ともすれば、制作意図すらそれによって規定されてしまうような。
コンセプトの段階でそれを予測するのは難しい。
たとえば2枚の重なったメッシュを観察すると、光の干渉模様(モアレ)が見える。メッシュ自体はただの光を透過するフィルターに過ぎない。2枚のフィルターの重ね合わせかた、そして干渉する角度と距離の関係から刻一刻と変化する物質的には存在しないイメージが体験できる。
知覚のメカニズムを解析して、予測を立てていく事は可能だ。
しかし、モアレは見る者との関係で発生する問題だから、メッシュ自体を作った人間には、事後的なイメージがどのような姿を見せるかを決める事はできない。
モアレという問題は、光学的なものに限ったことではない。
(モアレ画像:図版出典→モアレ距離計)
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橋本直明
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2004年12月01日
明日の都市表現 【など・など】
明日のムサビ映像「都市表現」の授業は、中間発表です。これまで集めた映像素材からヒントを得たことをもとに、どんな作品を作るのか、各自に構想をまとめて発表する時間。
映像素材とともにA4の紙にアイディアを語るための画像と文字でイメージを配置します。もちろん、映像にとって紙は全てを伝えられるメディアではないが、頭の中でイメージしたことの断片を「読める」ようにしてみる作業は重要。
橋本直明
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2004年11月26日
フィールドワーク 【など・など】
今週土曜日のムサビ都市表現の授業は、フィールドワーク-3(月島)。
これまでの2回のフィールドワークで集めてきた映像素材から得られた作品制作の「タネ」を手がかりに、来週の中間発表で各自が作品の構想を語れるような素材を集めてくる作業です。
これまでのように見学ルートに沿って歩くのではなく。素材が導く方向へと、各自が自由に街を歩き回って映像を集めてくるのが土曜日の課題。
フィールドワークのおもしろさは、自分の内部で暖めているアイディアと、それをさらに発展させる可能性を秘めた空間との対話です。コツは何度も同じ場所を歩くこと。立ち止まったり、座ってみたり、街の人と話をしてみたり。
何度も本を読むと、いろいろなイメージが文章の行間から見えてくるように、都市の空間を読み込んでいきます。街の隙間を見つけたら、外から眺めるだけでなく、中に入ってみたり、中から外を見てみたり。その隙間にいる自分は外からどんな感じで見えるのだろうかと想像したり。...繰り返し、視点を変えて歩くことでしか見えてこないものもあります。
月島の長屋はフィールドワークの拠点として、当日は10時から14時半ごろまで開放します。

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橋本直明
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2004年11月23日
マクロ・ミクロ 【など・など】
地上200メートルから街を俯瞰する。
路上では見えないものが見えてくる。そして遠くから見た風景の中を歩くと、以前とは違うものも見えてくる。
都市の構造、それ以上に街の粒子感ともいう空気の密度が。
橋本直明
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2004年11月22日
築地5丁目の天蓋 【など・など】
圧倒的なのは屋根の大きさである。リベット留めの古びた鉄骨トラスで支えられて、全体としてはゆるやかに弧を描く構造物の長さは400m、奥行150mはあろうか、しかし一瞥で全貌を確認することの不可能な、とにかく巨大な屋根がその「街」の上を覆っているのだ。
そこは一日中夜の世界。狭い路地には900もの店が並び、1万個以上の裸電球の明かりが路上に並べられた数十万個の白い発泡樹脂の箱の中の魚を照らし続けている。上を見上げると薄暗い上空を天窓からの光が時折横切って行く。
築地場内市場の風景である。



場内には競り落とした魚を並べる仲卸商の店が所狭しと並んでいます。魚屋さん料理人といったプロのための場所です。魚も1匹幾らではなく、キロ単位の値段。スーパーのトレイの上に並んでいる魚とは違って、しめたばかりの血みどろのもの。店の隙間を走り回るターレの騒音やそこかしこで飛び交う売り買いの声が構内の空気に充満しています。
朝6時半から始まる仲卸の店も9時を過ぎると店じまいを始めるところもあります。店の奥で朝食をとる人、裏路地で後片付けをする人、上を見上げると洗濯物が干してあったりと、ここが市場ではなく、ずっと暮らしている人がいる街に見える瞬間があります。
この築地5丁目の「街」を覆う鉄骨の屋根はずっと昔からあるものです。昭和10年の開設当時の写真を見ると現在の屋根と変わらない構造物があり、おそらくその大部分が残っていると思われます。通路の片隅には屋根の上に設けられた駐車場に行ける階段があって、構内を上から見下ろすことが出来る。
屋根の上に出ると、市場の熱気と騒音はふうっと下に遠ざかり、嘘のような静けさが開けます。東京の風景が屋根の向こうに広がっています。 (写真はそれぞれクリックで拡大)

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橋本直明
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2004年11月19日
「都市」の素材 【など・など】
ムサビ映像の「都市表現」の授業でのフィールドワークで学生が採集してきた都市の「映像素材」のチェックその2。
先週の土曜日は月島の路地の奥の小さな空間を見て回ったからか、古い建物の時間を重ねた表情を集めてきた学生が多かった。遠くから見れば沈んだ色彩の中に埋まってしまうちいさな形や風化した素材の微妙なテクスチャーが、細い路地の中では屋根の隙間から落ちてくる小さな光の中で浮き上がって見えてくる。
ものとの距離、スケールの小ささによって得られた経験を映像化するためには何が必要なのか。スクリーンというフラットな場に、その感覚を表現するためには。
(それは映像に限ったことではなく、経験される「場所」を置き換えたときに全てに起こること)
▼..学生が集めた素材あれこれ。
橋本直明
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土曜日は築地の日 【など・など】
明日は早起きして築地市場に行きます。都営大江戸線築地市場駅築地市場出口築地市場正門付近に朝の7:15分に集合。ぐるっと場外市場のほうに迂回して海幸橋(かいこうばし)から場内市場に入って、市場の中を探検します。
築地市場のホームページ
築地市場←楽しい動画あります。
楽しみですねー。
場内は「ターレ」という小型の運搬車がスピードだして縦横に走り回っているので、注意しないとハネられてしまいます。市場は車優先社会なので、歩く人のほうが避けなければなりません。避けるもんだと当然のようにターレーは突進してきます。
5年ぐらい前、初めて場内を訪れたとき、油断していてぼくは靴のつま先を轢かれてしまいました...
土曜日は、築地市場を歩くだけではありません。勝鬨橋を見て、聖路加ガーデンの展望台から月島を俯瞰して、佃大橋を渡って、佃島、そして長屋。半日歩きます。
▼ 行くところと時間のイメージはこんな感じ..(クリックで地図拡大します)

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橋本直明
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2004年11月18日
今日の「都市表現」 【など・など】
武蔵野美術大学での都市表現の授業。今日は先週末の街歩きで学生がそれぞれ見つけてきた映像素材をみんなで見て、作品制作のアイディアをそこから発見する作業を行いました。
←学生の映像素材を見る板屋リョク教授(左)、篠原規行教授(右)。
風景の重なり、奥行き、意味を認識するための映像の中の補助線の設定の話で会話が弾みました。



月島を歩き回り見つけてきた、学生の映像素材。
集められた映像素材は、画像フレームに切り取られた2次元の平面。そこに3次元の空間の経験を発生させるのが映像というメディアだと思う。3次元の感覚を呼び起こすのはその画面の中の奥行きを暗示する幾何学のライン、あるいは運動であったり、テクスチャーの変容といったものが呼び起こす、画面と見る者の間の意識の干渉(モアレ)作用のような。
見るものとの間にどのような空間の経験をセッティングするか、画像の向こうの都市の断片をレイアウトしていくのか、そのための風景の編集方法の幾何学が求められている。この課題では。
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橋本直明
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2004年11月16日
月島の長屋・桃郷庵 【など・など】
月島2丁目の長屋。まだ昔からの家並みが残る路地の奥にある2軒長屋のひとつ。
建ったのは大正12,3年頃(関東大震災の前後)らしいので、築80年程度ということになるのか。
玄関の脇に小さな2帖ほどのスペースが路地に面して設けられている。窓からの静かな光が心地よい。
文机を置いて書斎に使うのが似合う。
長屋の間取りはこんな感じ。(クリックで拡大)
1階は玄関脇に小さなスペースがあって、正面に4畳半、奥に台所。そして細くて急な階段を上ると2階に4畳半がふたつ。部屋の間は襖で仕切られていて、使い方にあわせて開いたり閉じたり。
階段の一番上に小さな三角の踏み板があって、直接それぞれの部屋にも行けるような配慮がされています。決して広くはない空間をうまく使うための工夫が随所に見られます。
玄関脇の2帖ほどのスペースの玄関、4畳半の部屋と連続しつつ分離される構成は見事です。平面図で見るよりもずっと広く感じられ、さまざまな使い方ができそうです。
ムサビの「都市表現」という授業で月島のリサーチを5年ぐらい続けています。その拠点としてこの長屋をときどき使ってます。
都市表現の授業をいっしょに行っている映像学科の教授、板屋リョクさんが友人ら4名で共同で借りて、みんなの活動拠点として利用してきました。名前は桃郷庵。「とうきょうあん」と読みます。

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橋本直明
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2004年11月15日
100年の建築 【など・など】
月島2丁目の名もなき交差点。なぜかここからの風景は好きだ。
手前から奥にかけて100年の時間の中にで築かれた様々なスタイルの建物が、山岳都市のような輪郭を形成している。
いわゆる「美しい風景」ではないものの、この街の上を流れた時間の層がそこにある。
一瞬の瞬きに定着される、かつてそこにあったそれぞれの時代の空気。
(地図と上の画像はクリックで拡大)
関東大震災の前後に建てられた木造の長屋の黒く沈んだ羽目板、戦前の商店のトタン板の風化したペンキ、70年代のコンクリートのスタッコ調のマンション、80年台の鉄骨ALCのドライなビル、長屋を建て替えて3階建てにした90年代のハウスメーカーの家のプラスチックな表面、最近のウォーターフロント超高層マンション。ほんとにてんでんバラバラ。
ひとつのスタイルで統一された街は確かに整った美しさはあるが、この街の風景のような各時代の痕跡をそこに留めることはできないだろう。統一感ということさえ放棄してしまえば、それぞれの時代に固有のスタイルを選ぶことができた幸福感がそこにある。もちろん、この山岳都市のような輪郭という秩序が見えるから、それを美しいと感じることができるのかもしれないけど。
▼ 近所で見つけた衛星放送のパラボラが窓についた家。どうやって暮らしてるのかしら...

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橋本直明
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2004年11月14日
グラス・コネクション 【など・など】
月島2丁目の路地で見つけた窓硝子。
昔の型ガラス(視線カットのため表面に凹凸のパターンをつけたガラス)にはおもしろい模様のものがある。当時は小さなガラスメーカーがたくさんあったのだろうか。
注意して家々の窓を見て行くと、唐草パターンや松葉など、植物のモチーフが使われているものも多い。
(窓はクリックで拡大)
橋本直明
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2004年11月13日
頭上の月島 【など・など】
月島に行きました。この街はたくさんの細い路地で出来ています。
大通りから一本はずれると、道幅が3mもない車も入れない小さな路地の両側にびっしりと長屋が立ち並ぶ風景が残っています。足下には小さな鉢植えがかわいく並び、道なのか庭なのか判然としないような生活の空間になっています。
上を見上げると、切り取られた小さな青空に物干が浮かんでいます。
長屋のある路地は道幅2.7m程度。そこに2軒から4軒を単位とする長屋が1mくらいの隙間を開けて建っています。長屋の裏側は、もうひとつの向こうの路地に建つ長屋の裏側でもあり、そこが1~2mぐらいの「裏路地」にという、小さな生活道路になっていて、路地から路地へと迷路のように通り抜けることができます。
敷地の境界にあるはずの塀がここにはないので、家と家の隙間(塀があれば死んでしまうような小さな空間)がうまく生活の場所として利用されています。細いスリットのような裏路地が路地から路地へと網の目のように張り巡らされているために、表の2.7mしかない路地に奇妙な「広がり」を感じるのはそのためです。
土地の狭さが塀のない空間を必要として、結果として発生した裏路地が街の表面積を何倍にも増やすことになったのです。そんな路地の形に月島の空が切り抜かれています。
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橋本直明
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2004年11月12日
TOKYO1945・月島2004 【など・など】
60年ほど前のこと。東京は空襲を受けて壊滅的な打撃を受けました。昔からあった木と紙でできた家は降り注ぐ焼夷弾の火の海に飲まれ、現在、戦前の東京の風景はほとんど残っていません。
「戦災焼失區域表示東京都35區區分地圖帖(昭和21年発行:1985年復刻:日地出版発行)」という本を見ると、戦災で焼失した地域が赤く塗りつぶされて表示されています。東京のほとんどが赤い色です。いかに空襲が凄まじいものだったかが想像されます。
幸いにも戦火を逃れた部分、地図の白く塗り残された場所に出かけると、戦前からの風景にまだ出会うことができます。 たとえば月島。
日本橋區・京橋區というページを開くと、現在の中央区の当時の被害状況を見ることができます。月島は対岸の銀座、日本橋界隈がほとんど真っ赤(焼失)なのにくらべて、勝鬨の一部を除いて全くといっていいほど燃えたところがありません。(地図:クリックで拡大)
対岸の明石町に聖路加病院が、米軍の爆撃対象からはずされたために、病院の手前の月島には(B29爆撃機の進路として延長上の病院への誤爆を避けるために)爆弾が投下されなかったということみたいです。
路地に古い長屋の残る古き良き東京の面影が残っているのはそのためです。
しかし月島は、ずっと昔からあった街ではありません。江戸時代は石川島、佃島以外は隅田川。明治の終わりから大正時代にかけて埋め立てられた人工の島なのです。月島の道は都市計画で人が住む前に作られたグリッド状の整然したものです。そこに沢山の長屋が建てられています。
つまり、戦前の東京にあってはニュータウンのような風景だったと思うのです。
ところが幸いにも戦災を受けず、経済の発展からも取り残され、川の向こうの街が変貌するのとは対照的な風景が残ったということです。いまや東京でいちばん古い風景というのが人工的な風景から始まっているということを知ると、なんとも不思議な印象を受けます。
ところが、バブル以降のウォーターフロントの再開発、高層マンションブームの波を受けて、月島の風景は今、急速に動き出しました。東京でいちばん古くて新しい風景が出現しています。

▼月島の歴史がわかるサイト
晴月勝豊散歩 1.月島はこうしてできた...
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橋本直明
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2004年11月10日
美しい町 vol.3 【など・など】
早稲田大学建築学科の課題「美しい町」その3。
日本橋中州町の島を分譲して、学生がそれぞれ作ってきた町のピースを組み合わせる。
1/100スケールで作られた町の街区を繋いで行くと、学生がみんなで作った、「もうひとつの日本橋中州町」とも言うべき長さ3mを超える巨大な島が教室に組み上がる。



しかし、学生の作品は与えられた敷地の中の表現に熱中して、敷地を越えて都市の全体に言及するイメージを提案したものはほとんどなかった。出題する側として、隣や全体を意識して作って欲しいとは言ったものの、さりとて街の共通のデザインコードを与えるのも、何か違うような気がしたから、あえて敷地境界以外の制約は与えなかった。
結果としては、日頃学生が課題に取り組むときの「与えられた条件に内部で他人との差異を競う」という意識から抜け出る事はできなかったのだろう。これは、現在の街の建物も同じことだ。隣と差異を作ることがデザインの付加価値になるという心理。この「美しい町」もそんな状況が反映されている。隣を意識しあって作った作品もあったが、たとえばビルの裏側の廃墟的風景と落書きの塀というようなアイロニーの表現であったり、周囲を移し込む、街の中央のシンボルとしての空虚な中心を作ってきたり...
写真にうまく写せなかったのだけど、川沿いに不思議な公園を作った学生がいた。隅田川の墨色の水に向かってゆるやかに降りて行く階段。川の中には何の理由でそこにあるかは不明な焼けこげた黒い塀と電柱が、浮いている。あたかも水面がかつて街の街路であったと言うような。
手前のぼくらが立ち入ることのできる階段の途中には何も言葉の記されていない黒い記念碑がポツンとある。
説明のつかない悲しみのようなものは、なぜか共感できた。「美しい町」の語られない記憶として。

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橋本直明
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2004年11月09日
角筈歩道橋脇 【など・など】
OZONEでの打合せに行くときに、いつも気になっている建物。甲州街道の文化学院付近、角筈交差点の傍らに建つ3つのビル。
段々に高くなる黒、白、グレーの外壁。それぞれに特別なデザインがある訳ではない。ごく平凡なものではあるけど、3つの集合が生み出す不思議な存在感。
高層ビルの谷間にひっそりと咲く植物群落のような。
地図を見ると、おそろしく鋭角な3角形の土地に建っているのが分かる。地下を通る京王線のトンネルと地上の甲州街道に切り取られた特異な敷地。
(←3角の黒い部分:クリックで拡大:ゼンリン住宅地図より)
建物の高さはそれぞれの建物に与えられた敷地幅で決定されているのだろう。おそらくは塔状比という構造的限界、また内部プランの階段と残余の居室の関係。あたかも植物が根を張る地面の中の土質や水の問題で、成長の仕方に影響を受けるように。
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橋本直明
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2004年11月07日
吉祥寺ハイム 【など・など】
週末に娘を連れて井の頭公園の動物園に行って来ました。1歳9ヶ月になる娘は「ゾウのはな子さん」を気に入ったみたい。
帰り道で、不思議なバルコニーのあるマンションを見かけました。1階が教会になっている「吉祥寺ハイム」という名前の集合住宅。
バルコニーの腰壁がすこし斜めになって横のバルコニーよりちょっぴり張り出しています。腰壁自体も一般的なものより高めのようです。プライバシーと美観を確保しながら、光と風を意識したのでしょうか。スキマから生活の気配がちょっぴり見えるのが、いい感じです。
橋本直明
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銀座三原橋交差点付近 【など・など】
先週、打合せで東銀座に行ったときに街角で見かけた風景。三原橋の交差点に面したモダンなビルと瓦屋根を載せた桃山様式で建てられた歌舞伎座(岡田信一郎設計)に挟まれたいくつかの小さな建物。
後ろの建物はビル側がスパッと切り落とされた屋根付きビル。道路に面して歌舞伎座の大きな屋根に応答するように小さな庇の張り出した四角いキオスク。それぞれに建築単体として完結していない、しかし周囲のバラバラな様式をつなぎ止めるパズルのピースのような存在。
街にはこういう建物も必要だと思う。
橋本直明
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2004年10月27日
美しい町 vol.2 【など・など】
先週より早稲田の授業で日本橋中州町を舞